ここのところしばらく、話し相手になってくれる人が現れたりとか、華展に人にきてもらったりとか、パブリックな幸福度合いが増していたのですが、今日なんかのきっかけで、すとんと元のもやもやした状態に戻ってしまうことがあった。幸福度合いはいっぺんにどっかへと行ってしまった。それだけなんだけど、なんかその不幸な、しんねりした「自分は無のようなものでどこにもいないのと一緒なんだな」みたいなことを考えているときのほうが、大学の友達のいうところによると「住み慣れた不幸にしがみつく」なんであるが、だがしかし、本を読むとか、なにかを見てもこれは不幸な人間にとってどれほど救いになるか、というか意味があるか、みたいなことを考えるようになった。つまりパブリックに通用する視点が生じているように思った。(幸福な人間には本は必要ない。と言いたくなる。)
しかしパブリックなものだけでは、人間は生きていけない。これは経験から学んだことのような。